そこで、一人の船員が名乗りを上げた。彼は、最初に遭難したマーメイド号の船員だった。


「私は、ヨークシャー州のホイットビーの出身です。」

「おお、そうかね。それは奇遇だ。そのご婦人もホイットビー出身だ。で、君は、いくつかね?」

「34歳です。」

「おお、これまた、奇遇だ。彼女の息子さんも、君と同じ34歳なんで、君は、この役にうってつけだ。」

「で、私は、誰の役を演じればいいんでしょう?」

「そうだ、それが一番肝心なところだ。彼女の息子の名前は、ピーター・リチャードソンだ。」

「ピーター・・・、リチャードソン・・・」

「どうした?君の知り合いかね?」

「私は、演技する必要は無いですね。私が、そのピーター・リチャードソンですから。」

 こうして、離れ離れになっていた親子は、10年ぶりに再会を果たした。母親は、息子に再会できたことで、生き甲斐を取り戻し、病状は奇跡的に回復した。

 また、128名の遭難した乗組員を乗せた客船シティ・オブ・リーズ号も、沈むことなく無事、目的の港に到着した。

 まるで、二人を再会させるためだけに、5隻の船が沈んだようなものだった。

 
 信仰心の篤い人なら、この話を読んで、神の意志が働いたと考えるかも知れない。想念術に凝っている人なら、母親のどうしても息子に会いたいという強い想いが、二人を引き合わせたと考えるかも知れない。また、ガチガチの唯物論者なら、単なる偶然の一致だと片付けるかも知れない。

 いずれにせよ、不思議な偶然が連続して、二人の親子が、再会できたことは、紛れもない事実である。

 Fact is stranger than fiction. (=事実は小説より奇なり)