この年になるまで、色んな会社で働いた。正社員として働いた会社もあれば、アルバイトやパートで働いた会社もある。

 学校警備やプール解放などの仕事をしていた時は、世間知らずで常識を弁えない教員たちに悩まされた。なので、民間で働き始めた時は、新鮮だった。
 民間の人間は、何より厳しい現実をよく知っていた。社会の荒波に揉まれているので、人の痛みが分かる人も、教員に比べれば、圧倒的に多かった。勿論、前回述べたような、どうしようもない奴も、いるにはいたが、全体に比べるとそれほど数は多くなかった。

 ただ、一つだけ、
「この点は、小学校の教師の方が、民間の人間たちより、明らかに上だな。」
と思う事があった。

 それは、OJTの時も、独り立ちした後も、彼等の指示や叱責は、ほとんど全て、
「自分が知っていることは、部下も当然知っているはず。当然知ってなければならない。」
 或いは、
「自分が理解している事は、部下も当然理解しているはず。当然理解しているべきだ。」
と言う前提で為されるという点だった。これは、どこの民間企業に行っても、そうだった。全員が全員、そういう人ばかりではなかったが、そういう人が非常に多かった。

 何故ああなってしまうのか、その原因はよく分からないが、ああいうモノの考え方と指示の仕方に接すると、
「前もって言っとけよ。こっちは、何も知らないんだからよ。」
と毒づきたくなった。それを口にすると、大抵、
「そんなの当然、理解しておくべきことだろ。今頃、言うな!」
とか、
「これは、当然、こうすべきだろ。言い訳するな!」
と言う返事が返って来る。彼等は、こう思い込んでいるようだ。自分達が、先輩や上司から、指導されたやり方しか知らないので、彼等も、こう考え、こう言うしかないのだろう。当然、こちらは、そういう叱責を受け、ストレスが溜まり続けていく。そういう部下の不満げな顔を見て、上司もストレスが溜まり続けていく。

 彼らがやっていることは、とどのつまりは、こういう事だ。
 ボクシングジムに入門して、まず基本的なステップワークとジャブ、ストレートのワンツーを習った。やっとそれが様になりかけたころに、スパーリングをやらされて、コーナーに追い詰めれて、フックやアッパーカットで、ボコボコにされた。
 そら、当然、ボコボコにされる。だって、フックやアッパーカットの打ち方も知らないし、接近戦における防御の仕方も知らないんだから。で、スパーリングが終わって、ジムの会長が、厳しい表情をして、こう言う。
「なんだ、お前、全然分かってないな。ああいう時は、ブロックするか、ウィーヴィングで避けて、フックを撃ち返すんだよ。常識だろ、この野郎!」
 勿論、ホンマモンのボクシングジムに、こんな出鱈目な事を言う会長やコーチはいない。だが、民間には、ホントにこういう事を平気で言う社員たちが、ウヨウヨいるのだ。



 先ほども言ったが、この点、小学校の先生たちの方が、絶対に彼等より、上である。
 なぜなら、彼等は、
「(子供たちが、自分達が知っていることを知らないし、自分たちが理解していることを理解していない。
という事を大前提にして、子供の教育に携わっているからだ。もう少し、学校教育の成果を民間に取り入れる事を考慮してもいいのではないかと思う。何故なら、民間企業の人たちは、こと教育に関しては、ド素人だからだ。仕事の効率的なやり方は知っていても、それを新入社員や部下に教えるための効率的な方法を知らないし、その訓練も全く出来ていない。

 彼等には、教育「技術」がないのだ。しかも、その事を全く自覚していないので、余計にタチが悪い。教師経験のある私の目からみると、彼等の社員教育のあり方は、
ハッキリ言って、極々一部の会社を除いて、全然ダメである。

 彼らを学校や学習塾に連れて来て授業をさせたら、お話にならない授業しかできない程、彼等の教え方や指導の仕方は、低レベルなのだ。生徒たちは、彼等の授業内容を全く理解できないだろう。

 まともな教育技術が無いから、新入社員たちは、失敗して怒鳴られストレスを溜め込みながら、自前で個人用のマニュアルを作り、仕事をこなしていく事になる。その苦労して作り上げたマニュアルも、他の従業員や部署で共有されることなく、消えていく。

 そして、新入社員が入って来て、彼等におざなりの研修を受けさせ、また社員一人ひとりに試行錯誤をさせる。恐ろしく非効率的だ。
 

 
ああ、何故、民間企業でああなるのかが、今、やっと理解できた。